わかる人にはわかるけれど
「 わたしのまちがいだった
わたしの まちがいだった
こうして 草にすわれば それがわかる 」
八木重吉さんが、遺したことばです
振り返ってみれば、ぼくが最後に
草にすわったのはいつだったろう
思い出せないくらい時が横たわる
そう、草にすわって 確認をしたい

言葉が枯れて、一年ちょっと潜んでいたあいだ
わかる人にはわかるけれど、本を読みまくった
豊かに深くそして美しい一冊に出逢ったからだ
この本については、何れ書くと思う、いや、書く
ここからの僕の変り様は凄かった凄まじかった
僕の何が、どう変ったのか、どう凄かったのか
気持ちの向き、あり方、方向が見事に反転した
わかる人にはわかるけれど、日本の本質へだ
その反転する以前、気持ちはどこへ向かっていたのか
と言われたら西欧とか欧米とかのスタイルに間違いない
なかでもアメリカには強烈な影響を受けたと言い切れる
西欧の、ファッション、絵画、音楽、映画、文化、考え方
そんな様式とも言える西欧のスタイルをただ求めていた
求めているのは僕だけではない、日本人の大多数だろう
アメリカによる原子力爆弾をきっかけとして、その歴史だけは区切り
そこへ、現実的にはこれ以上ありえない超理想国家のものといえる
憲法第9条をアメリカから与えられその本質と引き換えに再生した国
この母なる日本に生まれアメリカのやり方の恩恵を受け育った人達が
強いアメリカをある種の父親として、潜在的にあるいは過剰に意識して
捉えて、そのスタイルへ向かう事は人間として、ごく当然だとも僕は思う
あまりにも当り前すぎて、それすら考えなくてもいい事なのかも知れない
このスタイル、このアメリカのやり方の先に、つまりは西欧、欧米文化を
支え、支えながら造り出し消費していくサイクルの先に、資本主義がある
欧米文化とは割り切れる世界なのだ、もしくは割り切っていく世界だろう
音階、+-、数値などに、置き換えられ、割り当てられ、区切られつつ
すべて明示される、割り切れないものは、あっさりと、切り捨てられる
これこそ欧米文化であり、その圧倒的な資本主義の強さとカッコよさだ
この素晴らしくも心地良い強さとカッコよさに僕はどっぷりと浸っていた
しかしある日、豊かに深くそして美しい一冊の本に出逢ってしまった
出逢って心を奪われたと確信したなら、その人は動かなくてはいけない
そこから日本の土台基礎が幽かに自分なりにわかる程度まで到達した
日本の人である僕は日本という国に対してほとんど理解していなかった
わかったのは、それだった、ほとんどを理解していなかった、日本への
僅かな知識も、誤解していた、間違って捉えていた、の呆れた連続だった
僕は日本が分かっていなかった、分からないから意見も、何もなかった
意見も何もないとは、動きようがないということで皆さんは僕の仲間です
日本とアメリカ、あるいは中国との関係、省庁や官僚の問題が良い例だ
判り易いところだと、社会保険庁でのあのような事実や実態に対して
マスコミ先導型のスクエアな日本の「国民感情」が大爆発を続けている
しかし社会保険庁はそのままあるし、与党はそのまま政治をしている
結局そのままかそのまま先送りだ、そしてその先でもそのままのままだ
これら原因は、すべて教育の中にこそある、と今の僕は言い切りたい
とくに歴史の教科書は酷い、日本人で良かった、と思える箇所がない
では事実そうだったのか?いやそうではない、と僕なりに確信している
しかし戦後は日本人で良かったと思えるときなどなかったのではないか
さらに言うなら、心の底から日本人で良かったと思える人が今いるなら
その人は本質のところで、たぶん日本人ではない、たまたま日本に
縁のあるその日本との、金の切れめが縁の切れめ、のただの人間だ
魂も思考も客観も意見もない、だから個人もない、ただの人に過ぎない
つまり、日本人で良かったのではなく、日本に生まれて良かった人だ
ただの人が、生きていく所として、これまでの日本は最高の場所だった
このことを察知して、日本の本質へ正しく確かに導ける教師や身近な
大人などがいるなら、その子供達は運がいい、しかしごくごく少数だろう
歴史に興味がほぼ湧かなかったのは、そんなところもあるのかとも思う
僕が通学した高校は授業選択がたいへん自由な当時珍しい学校だった
当然のごとく歴史ではなく地理を選択した訳だけれど、最初の授業での
その教師のことばを今でも覚えている、生徒は7、8人しかいなかった
「地理を選択するお前らはおかしい、普通じゃない、わかるだろ?」
後日、県立高校の教師である彼が縦目のメルセデスで通勤しているのを
見たとき、初めて彼のことばに頷き納得をした、大学は地理学を専攻した
はなしがだっせんしすぎた
じゃぁ日本の本質とは何か、と訊かれたら、それは日本語という言葉です
と確信を持って今では答えることができる、日本の本質はコトバにある
コトバとは、気持ち、心、思想、教養、情報、社会、考え方のすべてだ
日本の考え方は本来、割り切れないものを切り捨てたりはしていない
割り切れるものと割り切れないものがあることを理解し、共存させている
だから甘い世界かというと、まったくその反対だ、厳しさは徹底している
そこに日本の圧倒的な美しさがある、そこに日本の豊饒の奥深さがある
この日本語をかたちづくる基本的な文字として存在するのが、ひらがなだ
中国から取り込まれた漢字をくずしつつその読みから音をも与えていった
当時の日本では手本となるこの漢字を真の名ということで真名としていた
これを基に日本で創られた新たな文字は仮の名となる、これこそ、かなだ
シンプルに言えば音によってもつくられている、と言っていいこのかなこそ
日本語の美しさ、幽玄さを表している、和歌や俳句などを読むとき感性を
研ぎ澄ませ音読すれば、その流れるような心地よさに気付くかもしれない
本来は、文字、文章というものはすべて、誰もが声に出して読んでいた
そして今で言えば恋愛小説である、紫式部の『源氏物語』は決定的だった
日本語は恋愛小説をもって完成した、僕がそう言いつつ感銘を受けるのは
ここだ、『源氏物語』がこの地で広く読まれたことによって日本語は定着した
恋愛とは人間の結晶のひとつの核でもある、驚嘆する爆発力を秘めている
この恋愛という核を文学、哲学、物理学、科学、医学その他あらゆるものが
どこまで追求していってもこの先解明されることはないだろう、しかし日本は
その恋愛をも自由に豊かに表現できる言葉を世界に先駆けて手に入れた
「小説があるのはフランスとチェコと日本だけ」と、どこかで聞いたことがある
それだけ日本語は文法的にも言葉自体にも自由度が高く解釈は多様になる
だから日本語は難しい、そしてだからこそ魅力がある
すぐ傍にこれだけ魅力的なものがあるのに、知らず、理解せず、求めず
という僕は、どこか、すこし、というよりも、本当に、おかしいのではないか
そう思ったとき、ここに気付いたとき、間違っている、と一瞬でも思ったとき
機関車が方向転換するときのように、そのターンテーブルに、僕はのった
もちろん自分なりに求めてきた、これまでの動きを否定するわけではない
「それは、間違っていないでしょう」と、やさしく言い放ってくれる人もいた
これまでの求心力、推進力があったからこそ、日本の奥底を意識できた
境界を越えた向こう側のより遠くから日本の本質を眺めることができれば
よりフェアに、より客観的に、より正確に、それを捉えることができると思う
これからは日本の本質へ、と言っても修行や出家をするということじゃない
欧米のファッションも音楽もスタイルも文化も、その感性も愛すべきものだ
ブーツや革ジャンなども着用するし、ジャズやクラブ系といった音楽も聴く
ノルウェーやニューヨークのライヴハウスと美術館等まだまだ興味があるし
ハーレーもまだまだ乗る、そんな選択眼や審美眼はシビアに持ち続けたい
それらを大切にしつつ楽しみつつ拡げつつも、これからは気持ちの重心を
日本の奥底へ置きたい、三島由紀夫や司馬遼太郎がそうしたように
日本人は何れ、日本の本質へ向かう、アメリカ人はアメリカの、中国人は
中国の、イタリア人はイタリアの、キューバ人はキューバの、その本質へ
さらには、その家族へ、母や父へ、自己へ、あるとき生まれたものが外へ
向かっていき、あるところを到達点にしてやがてしずかに返ってくるように
物事は本質へ向かうことになっている、あるいは向かうしかないのだろう
そしてこれは僕の勝手な、意見でも希望でも確信でも宣言でもあるのだけど
中でもこの日本の本質とは、他に類を見ないほど高みにあり奥深く洗練され
稀有に優れた奇跡の、まさに行ってみるに値する、感能の世界ではないかと
わかる人にはわかるけれど、僕にしてはマジメすぎた、まぁたまにはいいかな